自分を捨てることが選択すること

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筒井康隆の「仕事」大研究 (洋泉社MOOK)

筒井康隆の「仕事」大研究 (洋泉社MOOK)

”自分がひとりよがりでもいいものが出来たと思えるものを……”
この言葉がなんかひっかかる。
自分を消したものがいいものか。
稲葉浩志がB’Zのシンガーに絶えずなろうと思っているように。
自己滅却。
則天去私。
基準を外に持つ。
基準は自分にではなく世界にする。
自分の書きたいこと、自分が書けること、自分に向いていることはそれぞれ違うとツイッターでアオバナナさんが言っていた。
書ける幅を広げていきたい。
自分の武器を持てと大江健三郎が言っていたが。
上村千穂も言っていた。
私の武器はアマチュア性か。
一般の小説とはどうも水が合わない。
文芸誌劣化コピーであるかもしれんが。
自分がやりたいことをやりたいようにやる、というのではなく、自分にしか出来ないことを考えて、かつ理想とするものに少しでも近づこうとするのがいいのか。
そもそも純文学というものが、ひとりよがりな面があるのか。
まずそこから始めるべきか。
読者のことにも考えを及ばせないといかんが。
阿部和重ピストルズを小説を書く喜びがまったくなかったと言っていた。
そこまでいかんといかんのか。
読者への奉仕、捨身。
世界レヴェルのための自己節制が必要か。
きのうイケダで週刊文春筒井康隆の仕事大研究を買う。
すばるもあったから買おうと思ったがお金がなかった。
帰り100円を落としたよう。
アンアンの星占いを再度確認。
残りものに福がある。
ボランティアのすすめ。
文春に石野卓球がトマトジュースの広告塔になっていた。
ブリキの太鼓の文庫版を立ち読み。
ものすごく判り易く書いてある。
池内訳はやっぱり読みにくいな。
そこが本格的なガイブンぽくっていいのかもしれんが。
土曜日はテレビ漬けで執筆出来ず。
リリードで芋粥をまた読み始めた。
デンデラは最終章。
時間がかかるなあ。
ダブリナーズが面白い。
武器か。
ガイブンが読めんのが欠点であり武器になるのか。
大江さんは日本文学をヨーロッパ文化並にしたとして、完全な内向きの日本文学を私が書けたとして、それが海外でどう評価されるのか。
しかしいま書いているのは自己愛にあふれた自己同一性小説だし。
小島信夫風にディスコミュニケーションを描かんといかんか。
まったくの野蛮としての他者を。