善を施す

煙滅 (フィクションの楽しみ)

煙滅 (フィクションの楽しみ)

喋る馬(柴田元幸翻訳叢書|バーナード・マラマッド)

喋る馬(柴田元幸翻訳叢書|バーナード・マラマッド)

雨が降ったから接骨院は取りやめ。
そのまえに書苑イケダへ行きました。
行くまえから、加藤典洋の「文学地図」を買う予定にしたのがいけなかった。
値段も見ずにレジへ。
1680円。
うそー。
新書のコーナーに売っていたから1000円くらいだと思っていたのか。
いや、曖昧な記憶としてアマゾンで1000円くらいだと憶えたのを、そのまま定価の値段だとの脳内ですり替えが行われたのか。
いやいや、初めて名大の生協で見たとき、やけに安いなとおもい、1000円くらいだったと考え違いをしていたのか。
第一、単行本化したのを選書サイズにリニューアルしたもんだという変な思考も、どこかになぜかあった。
帰宅後アマゾンで検索すると値段が300円になっていた。
配送料込でも640円。
1000円の損害。
大いに悔やむ。
だがまえに立てた誓い、本屋にある本はよほど傷んでなければネットではなく店頭で買う。
そして、本屋と図書にない本をネットで買う。
ネットはあくまで最終手段に留める、というもの。
ブランショ小説選は図書にもあったので、決して守れているわけでもないのだが。
でも1000円愚かにもどぶ川に捨てたとしても、これでいいのだ。
村上朝日堂を鍛えるように、馴染みの本屋の地力を鍛えねば。
善を施したのだとおもえばいい。
必笑団子剣!
ついでになかった前田司郎「逆に14歳」を注文。
一日をイッピと店長がいっていた。
尾辻克彦の「肌ざわり」がある。
また帰宅後ネットで調べると、案の定中古でも高値で取引されている。
煙滅や喋る馬はブランショ小説選同様、品切れを見こして新品より中古のほうが高値だった。
この点、中国の友人は買い物上手だなあ。
兄がきのうの文化系トークラジオライフを聴いたというメールがあった。
テーマはオザケン
95年あたりのJ−POPの最盛期について熱く語られていた模様。
90年代の雰囲気はいまでも好きだなあ。
いまはほんと保守化してる気がする。
文芸誌がサブカルの役割をしている時点でサブカルは完全に死んでしまった。
太宰治「きりぎりす」をすこし見る。
芥川龍之介戯作三昧・一塊の土」はまた見送り。
きのうはMJの東京事変特集が津波のニュースで延長したから、そのあいだテレビを消音にして、小説を書いた。
どうも感傷的になってしまう。
感傷と偶然。
保坂和志は感傷を否定しているのか。
横光利一は純粋小説論で、このふたつと純文学を相入れればよし、といっているようだが。
きょうの朝日夕刊に水木しげる
1922年生まれ。
三島由紀夫の3つ上。
水木さんといえば、なまけものになりさいというのが有名だが、それはみんなにそういっているのではなく、働き通しだった自分に向けていっているそうです。
若いうちはどんどん働いたほうがいいとか。
善を為さんとね。
ゲゲゲの女房も楽しみだね。
そういえばきのうは松坂南の写真を画面メモしました。
すべて善し!